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浦和地方裁判所 昭和39年(行ウ)2号 判決

原告 島田武

被告 埼玉県公安委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判

原告は「被告が昭和三九年一月八日付で原告に対してなした大型自動車第二種免許証の有効期間の更新申請を却下した処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は、昭和三八年一二月二〇日、さきに交付を受けていた大型自動車第二種免許証の有効期間が近く満了するので、道路交通法第一〇一条第一項、同法施行規則第二九条の規定に従い、鴻巣警察署を通じ被告に対し右免許証の有効期間の更新申請をし、同警察署においてそのための適性検査を受けたところ、被告は、昭和三九年一月八日原告に対し同警察署においてなした四回に亘る視力検査の結果に基き、原告の視力が大型第二種免許の合格基準である「万国式試視力表による視力が両眼で〇、八以上、かつ左右一眼でそれぞれ〇、五以上」に達しないとの理由で右免許証の更新をなさず普通第一種免許証を原告に交付した。

二、しかして右は、原告の大型第二種免許証の更新申請についてはこれを却下した処分であるところ、右処分には、次のような違法がある。すなわち、

(一)  道路交通法施行規則第二九条、第二三条によれば、前記合格基準の視力は、万国式試視力表により検査した視力をいうものであるところ、鴻巣警察署職員がした原告の視力検査は、いずれも万国式試視力表に該当しないKYS式視力検査器によつて行われたものである。これをふえんすれば、右規則にいう万国式試視力表は、広く一般に使用されているもの、すなわちポスター式の試視力表を指すものと解釈すべきところ、KYS式視力検査器はそもそも表という概念に当らず、しかも一般ではほとんど使用されていないのみでなく、免許試験の視力検査用としても統一して使用されているものではない。埼玉県以外の県では勿論、被告公安委員会の管内の警察署においてすらその一部でこれを使用しているのみである。また万国式試視力表とは、その起源からみて二種以上の異る視標を具備していなければならないのにKYS式視力検査器はこの条件を具えていない。したがつて、右検査器による検査は、規則第二三条所定の方法によらない検査で違法である。

(二)  医師法第一七条は、医業を行うものの資格を医師に限定している。そして、医業とは診断と治療行為を指すものであるが、健康人は平均して略一、二ないし一、五の視力を有するのが普通であり、この平均の視力より優り、或は劣る視力を有する場合は異常である。しかして、視力検査は、これらの異常の有無を判断するものであるから、その検査について簡易な技術しか必要としないとしても、これが診断行為であることは明らかであり、このような診断行為はそれが治療を前提としないものであつても、医師によつて行われるべきである。なお、道路交通法は、適性検査は公安委員会が行うとしているが、それは公安委員会が主管して行うとの意味にすぎず、その実施にあたり身体部分の検査については、医師に委嘱し、或はその指揮下で行うべきことは当然である。しかるに、鴻巣警察署職員が行つた原告の視力検査は、医師の資格を有しないものの行つた診断行為であり医師法の規定に反し違法である。

(三)  原告は、昭和三九年一月八日医師河野宏之から視力検査を受け、その結果は、左右眼とも一眼で〇、六、両眼で〇、八の視力を有するものとされ、したがつて、原告は第二種免許の合格基準に達する視力を有するのである。それにも拘らず、鴻巣警察署職員が行つた視力検査の結果、原告の視力が右合格基準に達しなかつたとすれば、それは同署職員の行つた前記視力検査の方法が適切でなく、そのために原告の視力が正当に測定されなかつたことに基くものである。すなわち、

右視力検査はポスター式試視力表によらず、KYS式視力検査器によつて行われたのであるところ、ポスター式試視力表による場合はランドルト環視標のほか文字視標があつて見え易く、また何等級の視標であるかが受検者にわかるので受検者によつて有利なのであるが、KYS式視力検査器による場合はランドルト環視標しかなく、しかも等級が受検者にわからないという不便がある。そして、前記視力検査は、右のような受検者によつて不利な視力検査器により、しかも光線の関係で見え難い状況で行われたのである。

原告は、前記免許証の更新申請のため前記警察署に出頭した当初から医師による視力検査およびポスター式試視力表による検査をすることを求め、かつ前記河野宏之医師がなした前記検査結果の証明書をも提出したに拘らず、同署職員は原告の申入れ及び右証明書を無視して前記の方法による検査を施行した。もし同署職員が原告の求めるような方法で視力検査を行えば、原告の視力を正当に測定することができた筈であるのに誤つた方法によつて検査したため測定の結果にも誤りが生じたのである。

そして、被告がした前記更新申請を却下した処分は、右視力検査の成績をもととしてなされたものであるから、右処分にはその前提事実である原告の視力の認定を誤つた違法がある。

(四)  道路交通法第一〇一条第一項の免許証の更新のための適性検査は、身心両面に亘る適性の有無の検査を指すのであり、同法施行令第三三条により免許の欠格事由とされているてんかん等の精神障碍の有無は視力検査よりも重視さるべきものである。しかるに前記警察署においては視力等の身体的機能の検査をしたのみで、てんかん等の精神障碍の有無については検査をしなかつた。

また、原告は、昭和一一年五月一五日自動車運転免許を受けて以来今日まで無事故、無違反の運転経歴を有しているものであり、道路交通の安全を使命とする運転免許制度の趣旨からすれば、このような実績は免許証の更新の際の適性の判定において充分考慮さるべきである。すなわち、道路交通法第一〇一条は、免許証の更新に関する規定であり、その第一項は適性検査を受けるべきことを定めているが、新規免許の場合と異なり、免許証の更新は、永年の運転実績が明らかであるから、それが未知数の場合と同一に考えるべきでないし、また、更新申請の時に、適性検査にかかる身体の一部に一時的な故障または疾病がある場合、直ちに申請を却下すると、後日これが回復されたとき申請人に著しい不利益を与えるなどの理由から、同条第二項後段は、「更新を受けようとする者の身体の状態に応じて条件を付し、又は免許に付されている条件を変更することができる。」としているのであり、まして、同施行規則第二三条の検査科目および合格基準は、すべて法第九七条の新規免許のための規定であるから、これが免許証の更新のための適性検査に準用されるとしても、視力検査の成績のみを重視することなく、過去の運転実績等を考慮して法第一〇一条第二項を正当に適用すべきであり、原告の視力が仮に前記合格基準に不足する点があるとすれば、条件を付してその免許証を更新すべきものである。

しかるに、被告は前記精神障碍の有無などの重要事項の検査を等閉にし、したがつて精神障碍者に対して免許証の更新をしている場合もあり得るのに拘らず、さまつな視力などの検査を重視し、また原告が過去の実績からして自動車運転の適性を有することを全く斟酌しないで、前記免許証の更新申請を却下したものであつて、右処分は法の本旨を曲解した不公平な処分であり違法である。

三、よつて前記更新申請却下の処分の取消しを求める。

第三、被告の答弁および主張

一、請求の原因中、第一項の事実は認める。

二、同第二項のうち、原告主張の視力検査は、いずれも鴻巣警察署職員がKYS式視力検査器を用いて実施したものであること、埼玉県下の警察署においても前記適性(視力)検査について従来どおりポスター式試視力表を用いている署もあること、原告からその主張のような医師の証明書が提出されたこと、前記処分をするに当り原告主張の精神障碍の有無の検査をしなかつたこと、また原告の運転実績を斟酌しなかつたことはいずれも認める。原告の運転実績は不知、その余の原告主張の事実および法律解釈は争う。

三、しかして、被告がした前記更新申請を却下した処分は、以下のような原告の視力検査の状況と成績に基いてなされたもので適法である。

(一)  原告の視力検査の状況と成績

(1)  第一回検査

昭和三八年一二月二〇日鴻巣警察署交通課所属巡査中島貞良が検査を担当。

検査成績は、左右眼とも一眼で〇、五を辛じて識別できたが、両眼では〇、八を全く識別することができなかつた。

なお、検査担当者から原告に対し矯正視力でも差しつかえない旨を教示した。

(2)  第二回検査

同月二三日頃同署同課所属巡査桜井金一郎が検査を担当。

検査成績は左右眼とも一眼で〇、五を辛じて、〇、四を概ね識別できたが、両眼では〇、八を全く識別することができなかつた。

右検査に当り、原告は医師秋谷博作成の「視神経萎縮、視力右眼〇、五、左眼〇、六いずれも矯正不能」の記載がある診断書を提出した。また、原告の両眼の視力を検査するに際し、原告が識別できなかつた〇、八の視標につき、三、四回原告を呼び寄せてこれを確認させ、原告に充分休養をとつて目の調子のよい時に検査を受けに来るように教示した。

(3)  第三回検査

同月二五日前記桜井巡査が検査を担当。

検査成績は、両眼で〇、七を辛じて識別することができたが、〇、八は全く識別することができなかつた。

しかして、この日の検査は、原告の希望により鴻巣警察署内の二ケ所および同署裏庭の三ケ所の合計五ケ所で行つた。この場合、車庫内には日光が差し込んでおり、視標面および受検者の背面に直射日光があたるようになつていた。また、裏庭の検査場所のうち、二ケ所においては視標面に直射日光があたつていた。

右検査に当り、検査担当者は原告を数回近くに呼び寄せて、原告の識別し得ない視標を確認させ、そのうち、〇、七および〇、八については各一回ずつ検査器の裏面を見せて原告の識別し得ない視標が〇、七および〇、八を表示していることを確認させた。また、検査担当者から原告に対し両眼の視力が〇、八に達しない以上、大型第二種免許を普通第一種免許に格下げして更新せざるを得ない旨説明したが、原告は納得しなかつた。

(4)  第四回検査

同月二七日頃、前記桜井巡査が同署交通課長の立会のもとに検査を担当。

検査成績は、両眼で〇、八を全く識別することができなかつた。

(二)  そこで、被告は、右第一回目から第四回目までの検査成績により、原告の視力は大型第二種免許の合格基準に達しないが、普通免許の適性を有するものと認めてその旨の適性試験結果表を作成したが、原告は昭和三九年一月八日医師河野宏之作成の証明書を提示し、免許証の更新の延期を申し出たのでこれを拒否したところ、原告は普通免許に格下げした免許証の交付を受ける旨申し出たので、被告は道路交通法第一〇一条第二項後段の規定を類推適用し大型第二種免許証は更新せず普通第一種免許証を交付しその限度で更新をした。

(三)  そして道路交通法の解釈として、右のように適性検査の結果更新を受けようとする運転免許については不合格であるが、その運転免許に含まれる下位の運転免許にかかる部分について合格基準に達している場合には、その限度で免許証の更新をし、合格基準に達しなかつた従前の免許証の更新を拒絶する処分、いわゆる格下げ処分をすることは適法と解すべきである。何故なら、その者が下位の免許証の更新を受けることについて実察上何の支障もないし、同法第一〇一条第二項を厳格に解し申請のあつた免許証について、更新するか否かのいずれしかないとすれば、右の場合実際上支障のない免許の部分を含めて更新を拒否することとなり、かえつて更新を受けようとする者にとつて酷となるから、その者が格下げした免許証の交付を申出ているときは、右第二項後段の規定を類推適用して下位の運転免許証を交付するのが妥当であり、全国の都道府県公安委員会においても右格下げ処分を適法なものとして実施している。

四、なお、原告の二の(一)ないし(四)の主張を反駁し、右処分をすべて適法とする被告の見解をふえんすれば次のとおりである。

(一)  前記の視力検査は、KYS式視力検査器を用いて実施されたものであるが、右検査器は、万国式試視力表に含まれるものである。すなわち、万国式試視力表は、第一一回国際眼科学会が視力検査の方法として協定したもので、大小の視標を識別させて視力を測定する仕組になつている。万国式試視力表の視標は、当初ランドルト環とアラビヤ数字とであつたが、次第にローマ字、かたかな、ひらがななど各種の視標を用いたものが現われ、これらも現在一般に万国式試視力表として認められている。また、KYS式視力検査器はランドルト環を時計の文字盤のような盤面の、文字に当る位置に円形に配列し、これを円形の中心を軸として廻転することができるようにしたもので、これも万国式試視力表のうちに含まれるものと一般に解されている。しかして、KYS式視力検査器は、ポスター式試視力表に比し、視標と眼との距離が一定に保たれる点、視標面の照度が一定に保たれ外光の影響を受けることが少い点、視標が廻転するので、その配列が受検者に暗記されるおそれが少い点において優れており、視力検査器として全国的に普及する傾向にあるのでこれを用いてした視力検査は、道路交通法施行規則第二三条所定の方法による検査である。つまり、右第二三条は、「視力(万国式試視力表により検査した視力で矯正視力を含む。以下同じ)が両眼で〇、八以上、かつ一眼でそれぞれ〇、五以上であること」と規定しているが、同規則のかつ弧内の記述は、ひつきようするに「視力」の定義を意味するものであるから、原告の視力検査に用いたKYS式視力検査器が万国式試視力表に当る以上これにより検査した視力は、万国式試視力表により検査した視力に該当するものである。

(二)  医師法第一七条は、医師でない者が医業を行うことを禁止しているが、免許証の更新の場合の適性検査は、同法の医業ではない。医業とは、業として人の疾病の診察、治療をすることであるというのが定説である。眼科医も診察の一方法として視力検査を行うことがあるが、これは眼病の治療を前提とし、その必要性または可能性の有無を判断するための手段として行うのであつて、これと趣旨を異にし自動車などの運転の不適格者を排除することを目的とする適性検査は医業ではない。

また、適性検査としての視力検査が、医師によつて行われなければならないという法令の規定はないから、鴻巣警察署職員の行つた視力検査は適法である。

(三)  免許証の更新の場合の適性検査は、道路交通法第一〇一条第一項の規定により公安委員会が行うこととされているから、公安委員会が自らまたは所部の職員に命じ若しくはその他の者に委嘱して実施するのであり、公安委員会と何の関係もない者が行つた検査は、ここにいう適性検査とはいえない。したがつて、被告が原告の提出した医師の証明書にかかわりなく、視力検査を行つたことは適法である。また、適性検査としての視力検査の実施要領は、きわめて簡単であつて専門的な知識技能を必要とせず、したがつて、医師でない警察署職員に検査を実施させても何ら支障はない。

なお、原告は、KYS式視力検査器による検査の不利を主張するが、右検査器がポスター式試視力表より優れていることは前記のとおりであり、むしろポスター式試視力表によるときは、視標面の変色や照度の不足などにより受検者にとつて不利な結果となる可能性さえある。そして、視力検査の場所については、法令に何の規定もなく、公安委員会の自由裁量によつてこれを定め得るものであり、被告は受検者の便宜を考慮し、各警察署で行うことにしているところ、右場所の選定に当つては視標面および受検者の顔面に直射日光が当らないよう一般に充分の配慮をしており、原告の視力検査についても原告の希望による場合のほかは特にこの点の配慮をし、また何回も検査を重ねて入念に検査したのであつて、視力検査の方法は適切であつたものであり、原告の視力に関する被告の認定に誤りはない。

(四)  免許証の更新の場合の適性検査については、道路交通法施行規則第二九条第二項、第二三条に自動車などの運転に必要な適性についての検査科目が限定的に列挙され、かつその合格基準が定められている。右検査科目は自動車などの運転に必要な最低限度の身体的条件に関するものであり、その一つでも合格基準に達しなければ、公安委員会は受検者の免許証を更新することはできないのである。そして、右検査科目には原告主張の精神障碍の有無の検査も過去の運転経歴に関するものも含まれていないのである。

したがつて、被告が原告の過去の運転実績を斟酌せず、また精神障碍の有無の検査をしないで、視力検査の成績が合格基準に達しないことを理由として前記処分をしたことは正当である。

五、以上の次第であるから、原告の本訴請求は失当である。

第四、被告主張の三、(一)(二)の各事実に対する原告の答弁。

一、被告主張三、(一)の(1)のうち、検査成績および被告主張の教示の点は否認するが、その余の事実は認める。

二、同三、(一)の(2)のうち、検査成績および担当者から被告主張のような教示を受けたことは否認する。検査中、三回位検査器に近寄つて視標を見たことがあるが、原告の識別し得ない視標が〇、七であつたかどうかは確認できなかつた。その余の事実は認める。

三、同三、(一)の(3)のうち、検査の日および検査成績は否認する。第三回検査は、昭和三八年一二月二八日行われた。検査の際、原告は指示された指標は全部識別できたと思つたのであるが、検査をした桜井巡査は、原告が識別できたのは〇、七で大型第二種免許は無理だと説明した。そのほかには被告主張のような説明を受けたことはない。その余の事実は認める。

四、同三、(一)の(4)のうち、検査の日と検査成績を否認するが、その余の事実は認める。

五、同三、(二)のうち、原告が更新の延期を申入れたことはない。その余の事実は認める。

第五、証拠〈省略〉

理由

一、原告が昭和三八年一二月二〇日、さきに交付を受けていた大型自動車第二種免許証の有効期間が近く満了するので、道路交通法第一〇一条第一項、同法施行規則第二九条の規定に従い、鴻巣警察署を通じ被告に対し右免許証の有効期間の更新申請をし、同警察署においてそのための適性検査を受けたところ、被告が昭和三九年一月八日原告に対し同警察署においてなした四回に亘る視力検査の結果に基き、原告の視力が大型第二種免許の合格基準である「万国式試視力表による視力が両眼で〇・八以上かつ左右一眼でそれぞれ〇・五以上」に達しないとの理由で右免許証の更新をなさず、普通第一種免許証を原告に交付したことは当事者間に争いがない。

二、右の事実によれば、被告は、原告の大型第二種免許証の更新申請に対し、大型第二種免許より範囲の狭い運転免許である普通第一種免許(道路交通法第八六条第八五条参照)の免許証を交付して大型第二種免許証の更新をしなかつたのであるから、右は大型第二種免許証を更新する申請についてはこれを却下し同時に実質的には従前の免許の一部を取消し、残余の部分の限度で更新する内容をも有する処分と解すべきであるところ、運転免許証の更新申請に対し右の如き処分をなすことを許容する明文の規定は存しないので当裁判所の見解を明らかにする。

道路交通法第一〇一条第二項によれば免許証の更新を受けようとするものが、自動車を運転することが支障がないと認めるときは公安委員会は当該免許証の更新をしなければならないのであるが、同時にそのものゝ身体の状態に応じた条件を新たに付することもできるものとされている。ところで右に規定する免許証の更新は免許としては同種であるけれども、付加せられた条件の範囲では免許の範囲を実質的に一部制限するに異らないのであるから、右規定の趣旨を類推すれば、公安委員会において申請人に対する適性検査の結果更新を受けようとする免許証の免許の合格基準には達しないが、右免許より範囲の狭い(いわば下級の)免許の合格基準に達すると認められるときは右下級の免許の免許証を交付することも許されると解すべきである。もつとも、この場合は道路交通法第一〇一条第二項の明規する場合と異なり交付される免許証の免許は申請にかゝる免許証の免許とは異種のものであるから、申請人が欲しないに拘らずかゝる処分をなすことが許されるものとすることには疑問がある。しかし、申請人が申請にかゝる上級の免許証が得られないときは下級の免許証の交付を受ける意思を包含する限り許されると解すべきである。もし、これに反し申請にかゝる免許証の免許の合格基準に達しない限り、免許の取消し又は効力の停止をしなければならないと解することは申請人にとつて酷であり、下級の免許証について免許の申請なくしてこれを交付したからといつて実際上何らの支障はない。

以上の見地において、被告が原告の大型第二種免許証の更新申請に対し、普通第一種免許証を交付し、原告の申請する更新をしなかつた処分の経緯について次に検討する。

右処分の前提をなす鴻巣警察署における前記視力検査が、いずれも同署職員によりKYS式視力検査器を用いて実施されたものであることについては当事者間に争いなく、この事実に成立に争いのない甲第一号証、同第三、第四号証、乙第一号証、証人中島貞良、同桜井金一郎の各証言竝に弁論の全趣旨を総合すると被告が右処分をなすに至つた経緯は次のとおりである。すなわち、

右視力検査は、道路交通法第一〇一条第一項、同法施行規則第二九条第二項、第二三条の各規定に従い、免許証の更新申請に際し行う適性検査の一環として、被告主張のとおり鴻巣警察署交通課所属巡査中島貞良および同桜井金一郎がそれぞれこれを担当し、いずれも被告主張の日ごろ四回に亘り被告主張のような状況ないし経緯のもとでKYS式視力検査器を用いて実施した。ところが、原告は被告主張の成績しか得られず、結局左右眼は一眼でそれぞれ〇・五の視標を辛じて識別し得たものの、両眼では四回とも〇・八の視標を全く識別することができなかつた。そこで右桜井巡査は、昭和三九年一月八日以上の検査結果とその他の検査結果を総合すれば原告が普通第一種免許の適性は有すると認められるが前記施行規則第二三条所定の大型第二種免許の合格基準である「両眼で〇・八以上、かつ一眼でそれぞれ〇・五以上」の視力に達しないと認められ更新しがたい旨告知したところ、原告から若し大型第二種免許証の更新が得られないのであれば、普通第一種免許の免許証の交付を受けるのも止むを得ない旨の申し出があつたので、被告は、その主張のような根拠から道路交通法第一〇一条第二項後段の規定を類推適用し、いわゆる格下げ処分として、普通第一種免許証を交付し大型第二種免許証の更新をしなかつた。

以上の事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は措信し難い。

以上の事実によれば、被告は原告において、普通第一種免許証の交付を受ける意思をも有することを明らかにしていたのであるから、原告主張の取消事由の有無について次に項を改め順次判断する。

三、(一)KYS式視力検査器の使用について

原告は、道路交通法施行規則第二九条、第二三条によれば前記合格基準の視力は万国式試視力表により検査した視力をいうところ、右KYS式視力検査器は万国式試視力表に該当しないから、これを用いてなした前記の視力検査は右規則所定の方法によらない不適法な検査である旨主張する。

よつて検討するに

公安委員会は道路交通法第一〇一条第一、二項の規定するところに従い、専ら道路交通の安全を確保する見地から免許証の更新申請に際し当該免許にかゝる自動車等の運転に適する心身の諸条件を具備しているかどうかを判定し、不適格者を排除する趣旨で適性検査を実施するものであるところ、前記施行規則第二三条は右適性検査の具体的実施要領とその合格基準を定めるものであるから、同条の定める合格基準のうち、視力の説明としてかつ弧書をして規定する「万国式試視力表により検査した視力」の意義については、右適性検査を実施する前記趣旨目的をも考慮して解釈すべきである。

ところで、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし三および検乙第一ないし第七号証によれば、

元来万国式試視力表と呼称される視力検査の用具としては、ランドルト環視標のほか検査の便宜上文字又は数字等の視標を使用したもので、文字又は数字等の視標を用いて測つた視力がランドルト環視標を用いて測つた視力と同等であるものとされていたが、現在においては、ランドルト環視標と文字又は数字図形等を併用するもののほか、文字又は数字図形等のみを用いてランドルト環視標を全く用いないもの等各種のものが、それぞれ万国式試視力表の名称を付して市販されていること。しかしながらこれら市販の試視力表により視力を測定する場合には測定結果に差異がある場合もあり、また、文字等の視標を用いた場合とランドルト環視標を用いる場合とで測定結果に差異があり、視力が最も正確に測定されるのはランドルト環視標を用いる場合であつてこれが視力検査の標準的視標で文字又は数字を併用することとされたのは単に検査の簡便、迅速をはかるという実用的見地に基くものに過ぎないこと。

以上の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

万国式試視力表に関するこのような沿革と現状および前記適性検査実施の趣旨から考えると「万国式試視力表により検査した視力」とは、万国式試視力表の基本的条件即ち視力検査の標準的視標であるランドルト環視標を具備した視力検査の用具を用いて検査した視力を指称するものと解するのが相当である。したがつて右規則所定の万国式試視力表は右の条件を具備している限り原告主張のように必ずしも二種類以上の異なる視標があることを要しないし、また、構造上ポスター式に作られている必要もないから、本件視力検査に用いられたKYS式視力検査器も右の条件を具備している限り、これにより検査した視力も右規則にいう視力と解するに妨げない。

前顕乙第一号証、同第二号証の一ないし三に弁論の全趣旨を総合すると、右KYS式視力検査器は、時計の文字盤のような盤の中心部に視標露出窓を設け、盤の周辺に1から8までのアラビヤ数字を配置し、盤の左右前面に三〇〇ルツクスの反射ランプによる照度装置を付して視標面を一定の照度に保つたうえ、検査者において右露出窓にランドルト環視標をその大きさおよび環の切目の方向を任意に且つ順序不同に一つずつあらわし、受検者に前方五メートルの距離から、あらわれたランドルト環の切目の方向を盤の周辺の数字で読ませて視力を測定する仕組になつており、ランドルト環視標を用いた視力検査器であることは勿論であり検査の原理及び方法は従来の試視力表のそれに全く準拠したものであつて視標と眼との距離が一定に保たれること、視標面の照度が一定に保たれること、視標を暗記されるおそれが少いなどの点において、むしろ従来の試視力表を改良したものであることが認められるから、その名称に万国式試視力表の語を用いていないとしても前記規則第二三条にいう万国式試視力表に含まれるものと解するのが相当である。したがつて、右KYS式視力検査器により検査した視力は、右第二三条所定の万国式試視力表により検査した視力ということができるから、この点に関する原告の前記主張は、採用できない。

(二) 医師法違反の主張について

次いで、原告は、鴻巣警察署職員が行つた前記の視力検査は、医師の資格を有しない者の行つた診断行為であり、医師法の規定に反し違法である旨主張する。

しかしながら、医師法第一七条は、なるほど医師でない者が医業を行うことを禁止するものではあるが、その法意に徴し、右禁止の対象となる医業とは、反覆、継続する意思で人の疾病の診察、治療に従事する行為をいうと解すべきところ、右視力検査は、前記道路交通法、同施行規則の各規定に従い、適性検査の一環として専ら自動車などの運転不適格者の排除を目的として実施されるもので、医師が疾病の治療を前提とし、その可能性ないし必要性を判断する手段として行う視力検査とは目的ないし性格を異にし、もとより疾病の診察、治療には直接かかわりないのであるから、鴻巣警察署職員により実施された前記視力検査は、右医師法第一七条に何ら触れるところはない。

もとより、公安委員会は適性検査の実施について全面的な権限を有するものであり医師などに委嘱して視力検査を実施することも可能であるが(道路交通法第一〇一条第一項、第二項)、適性検査のための視力検査が医業に該当しないうえ、視力検査が医師によつて行われなければならないとの規定のない現行法のもとでは公安委員会が医師に委嘱して視力検査を実施するか否かは専らその自由裁量に委ねられていると解されるところ、前掲乙第一号証と弁論の全趣旨によれば、右視力検査は、実施要領が極めて簡単で特に高度の知識、技術を必要とするものでないことが認められるから、被告が鴻巣警察署職員にその検査を担当させたからといつて、その裁量権の行使に著しい不当があるとすることはできない。よつて、この点に関する原告の前記主張も亦採用し難い。

(三) 原告の視力の認定について、

原告は、前記視力検査は、受検者に不利なKYS式視力検査器を、しかも原告が医師による視力検査およびポスター式の試視力表による検査を求め、かつ医師の証明書を提出したのに、これらを無視して用いたうえ、その検査は、光線の関係で見え難い状況で行つたもので、原告の視力の認定を誤つた違法があり、延いてはこれを前提としてなした前記の却下処分も違法である旨主張する。

被告が鴻巣警察署の職員をして、前記KYS式視力検査器を用いて四回に亘り前述のように原告の視力検査を行い、その結果、原告の視力が第二種免許の合格基準に達しないものと認定したことは前述のとおりである。

しかしながら、右KYS式視力検査器が、道路交通法施行規則第二三条にいう万国式試視力表に含まれると解すべきことは、前述のとおりである以上は被告が万国式試視力表に該当する各種試視力表のうち、いずれの試視力表を視力検査に用いるかは、被告の自由裁量に属するというべきであるし、また前顕乙第一号証と弁論の全趣旨によると、右KYS式視力検査器を用いて行う視力検査は実施要領が極めて簡単で、高度の知識技能を必要とせず、医師でない警察署の職員に検査を実施させても何らの支障もないことが認められるのであるから、被告が右警察署職員をして、万国式試視力表である前記KYS式視力検査器を用い前記のような入念な視力検査を実施したことが認められる以上は、特にKYS式視力検査器を用いる場合には正確な視力の測定がなされない等他に特段の事実が立証されない限り、被告がした原告の視力の認定が正当であつたものと認める外はない。

尤も、KYS式視力検査器はランドルト環視標のみを用いるものであり、ランドルト環視標を用いて視力検査をする場合と文字又は数字等の視標を用いて検査する場合とでは現在市販の万国式試視力表による限り視力測定の結果に差異が生ずることがあることは前述したとおりであるから、KYS式視力検査器を用いて視力検査を行う場合とランドルト環視標の外に文字又は数字等の視標を用いた市販のいわゆる万国式試視力表を用いて視力検査を行う場合とで、視力測定の結果に差異が生ずることもありうるものと推察せざるを得ない。しかしながら前述したとおり万国式試視力表本来の標準的視標はランドルト環であり、市販のいわゆる万国式試視力表の一部に併用されている文字又は数字等の視標は検査の簡便、迅速という実用的見地から考えられたもので、元来これらの視標で測つた視力は、ランドルト環を用いて測つた視力と同等でなければならない筈のものであるからこれらの文字又は数字等の視標が右の条件を充たしている限り文字又は数字などの視標により視力を測ることが受検者にとつて特段に有利になるいわれはないのである。したがつて、もし、ランドルト環視標の外文字又は数字等の視標を併用した市販のいわゆる万国式試視力表を用いて視力検査をする場合に、ランドルト環視標のみを用いるKYS式視力検査器を用いて視力検査をする場合と比べて仮りに受検者に有利な測定結果が得られるとしても、これはひつきようするに前者の場合は測定が正確でなく、後者の場合は測定が正確に行われたことの結果にほかならないのであるから、右視力測定の結果に差異が生ずるとの一事によつては、KYS式視力検査器を用いて視力検査をするときは正確な視力の測定ができないものと認める特段の事情があるものとすることはできない。

次に、証人河野宏之の証言によつて真正に成立したと認められる甲第五、第七号証、右証言および原告本人尋問の結果を総合すると、原告は昭和三九年一月八日通院先の河野医師から、ポスター式の試視力表を用いて視力の検査を受けたところ、左右眼とも一眼では〇・六、両眼では〇・八の視標をそれぞれ識別し得たことが窺われるが、さらに右各証拠に弁論の全趣旨を総合すると、右検査は、前記鴻巣警察署における検査が、検査の場所、光線の具合、眼の疲労度などを充分考慮のうえ入念、慎重に実施されたものであるのに比して、検査の回数、方法などいささか簡略にすぎるものがあるばかりでなく、原告は相当以前から中心性網膜炎を患い、その病状は固定し短期間に視力を回復することが困難な事情にあつた外、ポスター式の試視力表はそれ自体に視標を暗記され易いなどの欠陥を包蔵しているなどのことが窺われるから、右の検査結果も、前記鴻巣警察署におけるそれと対比し客観性ないし正確性を有するとは容易に認め難く、右河野医師の視力検査の結果が前述のとおりであるとしても、このことによつては未だ原告の視力が被告により正当に認定されたとの前記認定を覆えすに足らないし他に前記の認定を左右する資料はない。

したがつてこの点に関する原告の主張も、失当としなければならない。

(四) 免許証の更新について斟酌すべき事項について、

さらに、原告は、被告は前記免許証の更新に際し、精神障碍の有無などの重要な事項の検査を等閑にし、さまつな視力などの検査を重視し、また原告が、過去の実績からして自動車運転の適性を有することを全く斟酌せず、仮に、前記合格基準に不足する点があれば、条件を付してその免許を更新すべきであるのに、前記更新申請を却下したのは、法の本旨を曲解した不公平な処分で違法である旨主張する。

そこで、検討するに道路交通法施行規則第二九条第二項、第二三条は、自動車などの運転に必要な適性についての検査科目を限定的に列挙し、かつその合格基準を定めているところ、右検査科目および合格基準は自動車などの運転に必要な最少限度の身体的条件に関するものであり、前述の適性検査実施の趣旨に徴し、検査科目の一つでも合格基準に達しない以上、公安委員会は受検者の免許証を更新することはできず、また、合格基準に達しない点を原告主張の如き過去の運転実績をもつてしても補うことはできないと解すべきところ、前記認定のように、被告が原告の視力がその合格基準に達しないと認めた以上、その他の点、殊に直接には検査科目とされていない精神障碍の有無を検査せず、或は原告の過去の運転実績を斟酌することなく、前記更新申請を却下したからといつて、もとより右処分が違法となるものでない。そして、右処分は、原告の精神障碍を理由とするものでないこと前記したところで明らかであるから、原告が右の検査をしないことを捉えて右処分を攻撃するのは筋違いであり、なるほど原告主張の精神障碍、例えば精神病者の場合など免許の欠格事由とされておつて(道路交通法第八八条第一項二号、第一〇三条第一項)、公安委員会は、免許を受けた者が右事由に該当する者となつたと疑う理由があるときは臨時に適性検査を行うこともできる反面、何らそれと疑う理由がない場合には右の適性検査を行うことは許されないのであり(同法第一〇二条第一項)、したがつて、偶々誤つて右の如き欠格事由を有する者について、免許証の更新がなされることがあるとしても、それは元来法の予測しないところであり、このような法の欲しない異常な状態を捉えて視力検査の合格基準を緩和ないし軽減する根拠には到底なし得ないのである。

さらに、原告は、仮に前記合格基準に不足する点があれば、条件を付し更新すべきものとも主張するところ、この点に関する道路交通法第一〇一条第二項後段は適性検査の結果、自動車などを運転しても支障ない、すなわち合格基準に達したと認められた者に関する規定であつて、前述のように、元来合格基準に達しなかつた原告について、当然には適用される余地はなく、しかも、前記認定のように原告は相当以前から中心性網膜炎を患い、その病状も固定しておつて短期間に視力を回復することは困難であり、前顕甲第四号証と弁論の全趣旨を総合すると、原告の視力は、眼鏡による矯正も不能であることが認められるから、実質的にみても右後段の規定を類推して大型第二種免許証自体を条件を付して更新することは相当でない(なお、本件において原告の申し出に基き、その利益なども参酌し、右後段の規定を類推適用して、被告が普通第一種免許証を原告に交付していることは、前記のとおりである)。

そうしてみると、被告が大型第二種免許の更新申請を却下したことは相当として首肯し得るから、これを不公平な処分とする原告の前記主張は、ひつきようするに独自の見解に立つて右処分を非難するもので、到底採用できない。

四、以上によると、被告が原告の大型第二種免許証の更新申請を却下した処分は適法になされたものであり、原告主張の如き違法の瑕疵は存しないから、右処分の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 伊藤豊治 鈴木之夫)

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